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東京家庭裁判所 昭和47年(家)6347号 審判 1972年8月21日

申立人 久保田恭子(仮名) 他一名

主文

申立人らの氏「久保田」を「南田」と変更することを許可する。

理由

一、本件申立の要旨は、申立人らの戸籍上の氏は「久保田」であるが、申立人久保田恭子(以下単に申立人恭子という)は昭和二〇年婚姻以来二八年間、申立人久保田清一(以下単に申立人清一という)は出生以来二七年間「南田」の氏を通称として使用しているものであるから、戸籍法一〇七条に基づき、氏変更の許可審判を求めるため、本件申立に及ぶというにある。

二、よつて審接するに、本件記録中の戸籍謄本二通、その他申立人ら提出の資料一切、および申立人ら各本人審問の結果を綜合すると次のとおりの事実が認められる。

(1)  申立人恭子は久保田豊蔵および同人妻靖枝の二女であるが、昭和一九年九月韓国人南礼章(当時は朝鮮在籍の日本人南田礼章)と事実上結婚し、ともに南田姓を名乗つて日本に居住し、昭和二〇年一一月二四日長男清一が出生した。同申立人はその頃夫との婚姻届および長男の出生届がなされ、その届出が戸籍管掌者に受理されている考えでいたところ、長男の出生届出が受理されていないことを昭和二七年頃知つたので、同年三月一七日改めて、申立外南礼章より、父同人母南田恭子長男清一の、本籍を韓国とする出生届出をなした。

(2)  その後申立人恭子は、旧民法および旧戸籍法により朝鮮在籍者であるから、申立人ら一家は昭和二七年四月二八日発効の平和条約により日本国籍を喪失したと考え、申立人恭子は南田恭子こと南恭子として外国人登録をなし、南田の姓を称して過してきた。申立人清一についても同様であつた。

(3)  ところが、昭和四四年に至り申立人清一の留学を機会に世田谷区役所において調査したところ、申立人恭子と夫との婚姻届出が、どのような事情によるか必ずしも判然としないが未だ受理されていないことが判明したので、申立人恭子は夫南礼章との婚姻届出を昭和四四年四月一〇日世田谷区長宛提出し、同届出は受理された。この結果、申立人恭子は日本国籍を有し、かつ婚姻により除籍されていないことが明らかになり、申立人清一も出生時において日本人女の子ということで、日本国籍を有することが明らかとなり、出生届の追完により、母の氏名「南田恭子」を「久保田恭子」に訂正のうえ、この出生届出により新に編製された前記申立人恭子の戸籍に、父南礼章、母久保田恭子の長男として記載された。その後申立人清一は昭和四七年五月一七日届出に分籍した。

(4)  申立人恭子、申立人清一の法律上の氏は「久保田」であるが、申立人恭子は夫との事実婚をした昭和一九年以来、申立人清一は出生した昭和二〇年以来、通称として学校、職業、納税、保険、預金等一切の社会生活において「南田」の姓を一貫して使用している。申立人妙子は昭和三〇年頃から料理研究家として料理教室の講師、料理の著書の出版、テレビ出演等の社会的活動を続けており、申立人清一は練馬区立○○小学校、○○中学校、○○高校、○○○大学をそれぞれ「南田」清一として卒業し、昭和四三年四月○○会計事務所に入所以来同所に在職しているものであつて、最近になつて日本国籍を有することが明らかとなるとともに、法律上の氏が「久保田」であることが明らかとなつたが、この氏を社会生活上も使用しなければならないとすると、著しい不利益を蒙ることになる。

以上の事実が認められる。

三、まず申立人恭子について氏変更の正当性について考えてみる。

(1)  申立人恭子は韓国人夫と昭和四四年四月一〇日届出により婚姻しているので、外国人と婚姻した日本人妻の氏の問題として、本件はいわゆる渉外家事審判事件の性質をもつものと解される。

渉外結婚における妻の氏の問題はまず、婚姻の効力の問題として法例一四条により夫の本国法によつて定まるべく、夫の本国法である韓国民法には妻は婚姻により夫の戸籍に入るのを原則とする規定(八二六条三項本文)はあるけれども、夫の家に入籍した妻の姓については何らの規定がなく、韓国社会の慣習法として「姓不変の原則」が行なわれているといわれている。然るときは申立人恭子の氏は韓国人夫との婚姻により、実体法上婚姻の効果として夫の氏である「南」に変更しているということはできないし、夫の本国法上妻である申立人恭子の氏は婚姻の効果に影響されない独自性をもつものと解される。

(2)  申立人恭子は婚姻により国籍を失なわず、外国人と婚姻した日本人として戸籍に登載されているものであるから、戸籍法の規定によつて、この戸籍上の氏名の変更を求めること自体は、準拠法たる婚姻法にもとずく実体法上の障害がないかぎり本来許されるものと解されるところ、上記のとおり、準拠婚姻法上の障害が認められないので、改氏の申立は適法といえる。

(3)  しかも、上記認定の事情は、申立人恭子の氏を「南田」に変更するやむを得ない事由に該当すると判断される。

四、つぎに、申立人清一について氏変更の正当性について考える。

(1)  申立人清一は外国人である父の出生届出による認知があり、その後父母の婚姻がなされたものとして、同様渉外家事審判事件の要素をもつものである。

(2)  申立人清一が日本国籍を有する以上、戸籍法の規定により氏変更の申立をなすことは、氏変更を人格権に関する問題として本国法によるべきものとするときは何ら問題はないとしても、氏変更を身分関係の効力の問題と解すると、身分関係の効力の準拠法により変更の許否を決すべきことになる。ところが、申立人清一は現在満二六歳の成人男子で独立して社会生活を営むものであるから、本件申立については人格権に関する問題としてその本国法たる日本法によるべきものと解される。

(3)  然るときは、上記認定の事情は氏を変更するやむを得ない事情に該当すると解される。

五、よつて申立人らの本件各申立を認容し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野田愛子)

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